トゥームレイダー ファーストミッション : 新たなララの薄っぺらな冒険

原題:Tomb Raider

公開:2018年

時間:118分

監督:ローアル・ユートハウグ

出演:アリシア・ヴィキャンデル / ドミニク・ウェスト / ウォルトン・ゴギンズ / ダニエル・ウー

評価:★★☆☆☆

Trailor 予告編

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First Impression まえがき

私はパラマウント版、というかアンジェリーナ・ジョリー版のトゥームレイダーは見たことがない。正確に言えば見たことはあるかもしれないが内容を全然覚えていない。だからこのヴィキャンデル版トゥームレイダーと比較することができない。

面白くなくはない。見れる見れないで言えば見れる作品ではある。だが感情は動かされない。何の感慨もわかない

だがレビューをするにあたっては厳しく言おう。

何故今更こんなストーリーやアクションの映画を作ったのだ? ひとつ言えるのは、この作品は「トゥームレイダー」の名前の上に完全に胡座をかいてしまっているということだ。

超人ではない等身大の人間ララ・クロフトを書いたといえば聞こえはいい。とりわけララの初めての冒険という立ち位置なのだから、それは理解できる。

だがそれは作品内部においてしか通用しない論理であって、外側から見てる我々にとってその覚束無さは言い訳にしか見えない。分かりやすく言えば、ストーリーや登場人物が主人公ララに譲歩をしているようにしか見えない、ということだ。

そして腹の立つことには、アリシア・ヴィキャンデルのララ・クロフトは作中で全くと言っていいほどその成長を見せない。最初から最後まで彼女のララは無謀で、凡庸で、機転が利かず、碌なジョークも言えず、運が良いだけの小娘なのだ。

Plot 前半のあらすじ

自転車デリバリーのスタッフとして働くララ・クロフト(アリシア・ヴィキャンデル)。彼女は何事に挑戦してもいまいち上手く行かない。格闘技ジムでのスパーリングではコテンパンにのされジム費も滞納、デリバリースタッフとのカネを賭けた自転車レースではよそ見をして警察車両に突っ込む始末。

署で絞られたララの前に現れたのは、父リチャード・クロフトのビジネスパートナーであるアナ・ミラー(クリスティン・スコット・トーマス)だった。

アナは、もうそろそろリチャードの遺産を相続し、父の会社と事業を引き継いだらどうかとララに提案する。それはリチャードの死を受け入れることになるため一度は拒否したララだったが、やがて考えを改め、翌日に引き継ぎの文書にサインするこためアナに会うべく父の会社へう向かう。

そこで父リチャードが託した日本のからくり箱を受け取ったララは、懐かしさにからくりをいじり始めつい箱を開けてしまう。中には幼いララとリチャードとの写真の他に、父からの謎のメッセージと何かの鍵が入っていた。

思い当たることがあったララは書類へ署名もせずにオフィスを飛び出し、かつて住んでいた父の屋敷へと向かった。そこでララはメッセージと鍵を使って父の隠し部屋を発見する。

部屋の中に置かれていたビデオレターの中では、リチャードは自分が調査していた古代日本の女王ヒミコに関する資料を処分するようにとララに頼んでいた。

リチャードの資料によれば、ヒミコは魔力で人を操り触れただけで死と破壊をもたらす死の女王だった。そんな恐ろしい女王ヒミコはやがて反乱を起こされ、絶海の孤島に生き埋めにされたのだと。だがヒミコの力は死してなお衰えず、その力を手にした者は世界を破滅へと導くだろうと。

初めて父の死ぬ直前の消息を知ったララは、資料を使って父の行動を追跡しようと試み、リチャードがヒミコの島へ行くために船に乗った香港へと向かうことを決意する。

Review 批評と解説

あまりにも単調なストーリー

まず言いたいことは無駄なシーンが多すぎるということ。

冒頭のララの格闘シーンはララがある程度格闘技能を持っていることを示すためだけのシーンだ。このシーンは無駄に尺を取っているくせに物語の最後で悪役ヴォーゲルとタイマンを張る際の言い訳のためだけに存在している。「言い訳」と厳しい言い方をするのは、このふたつのシーンでしかララが格闘しないからだ。こういうのは伏線とは言わないし、明確に描写しすぎておりチェーホフの銃ですらない。

次の自転車による「鬼ごっこ」のシーンは前述の格闘技シーンよりもたちが悪い。このシーンは存在する理由が全く無い。ララが父の遺産を利用せずに自活しているということを表すためか? それとも行く必要のない警察署に連れていくためか? どっちにしろこのシーンでこの尺である必要はない。またララの自転車操作のテクニックは作中で二度と表現されることはない。

また香港に渡った後、強盗少年らと追いかけっこをするシーンも全くの無駄である。ある程度映画を見たり小説などを読んだりするのに熟れた層ならば、こういったシーンが後々何らかのシチュエーションに関係してくるのだろうという期待を持って見るのだが、なんと上記三つのシーンは物語内にほとんど連係を持たず伏線もフラグも何も生み出さないのだ。

例として冒頭のシーンを三つ挙げたが、これらだけでなく、この映画は最初から最後までずっとこの調子であり、言うなれば物語的一本道をただひたすら突き進むだけの作品である。惨憺たるほどの単調さである。

魅力のないキャラクターたち

まず主人公ララ・クロフトからして魅力がない。アリシア・ヴィキャンデルのララ・クロフトには作品を通してそのキャラクター性が全く見えない。

パズルを攻略する際のことだが、そのパズルが完全にブラックボックスであり、何をどうしたらそのパズルが解かれるかということが作品内で描写されていない。例えば複数の絵文字を合わせたら扉が開くのだとか、指定された順番通りに錠を回すのだとか、そういった細かいガジェットについて作中で全く説明しないので、ララの閃きや才能的な部分が見えないのだ。

父との関係も、何故ララが死んだはずの父を絶海の孤島にまで探しに行くのか動機がわからない。ただ「父だから」という理由だけでは、そこにララのパーソナリティが全く加味されやしない。もっと父との間の愛情をエピソードなどできちんと描写しなければならなかったのではないか?

こうした描写の薄さや雑さはララだけでなく、ルー・レンやヴォーゲルなどにも共通している。

ルー・レンについて理解できるのは、彼の父親がララの父親と同じ場所で死んだということだけだ。ルーは初対面のララを命を賭して助けようとするがそれは何故なのだ? ララに一目惚れしたからか? あるいはルーの妹(そんなものがいたとすれば)に似てたらからか? ララが初恋の人にそっくりだった? 何故そういうルーのパーソナリティを描かないのだ。

悪役マサイアス・ヴォーゲルについてはもっと酷い。彼は一体何者なのだ? ヴォーゲルは突然悪役として現れ、その経歴や性格がほとんど知られないままつまらない悪役として死んでいく。もちろん彼が所属していたトリニティなる組織もほぼ名前だけしか出て来ず、世界征服を狙っているなどとバカみたいな説明がされただけで完全にほうって置かれたままである。

ララの父親リチャードすらその経歴が描かれることはない。彼はヒミコの謎を知ると突然ララのもとから去り世界を救おうとする。何故なのか? それらは説明されなければならないはずである。

ヒミコが致死性のウィルスのキャリアであり、むしろ世界を救うために自ら孤島の墳墓に埋められたのだというどんでん返しも、ほとんど何の前振りもなく突然暴露される。

主人公ララの周囲の人物の設定が希薄だと、ララの設定も当然希薄にならざるを得ない。パズルの例のように人物だけでなく小道具についても設定が薄いから、作品全体にわたってキャラクター性やパーソナリティのリンケージが醸成されないそれらはただ突然出てきて、作中に何のリンクも残さずに突然去っていく。伏線もなにもあったものじゃない。

作品の最後、ララが彼女のトレードマーク(に今度なるはず)である銃を質屋で二丁購入するシーンなど噴飯ものである。弓矢を上手く扱えるララが何故二丁拳銃を好むようになるのかを描写するべきだろう! たまたま気に入ったからなんてカスみたいな理由を持ってくるんじゃない。本当にイイカゲンにしろと言いたい。こんな薄っぺらな作品にした戦犯は一体誰だ!?

Afterword さいごに

こうなると、私がまえがきで言ったように、ララが作中で全く成長していかないのも理解できる。何もかもが薄っぺらだからだ。そんな薄っぺらさを通してキャラクター性が成長するわけがないのだ。成長しない主人公を物語の奥へ進ませるにはストーリーが譲歩するしかない。ララのために譲歩したストーリーがララを成長させることはない。 こうして薄っぺらのスパイラルで出来上がっているのがこの作品である。

最後にもうひとつ。作品の中盤の回想シーンで14歳くらいのララが弓を練習するシーンがある。そのララは、大人のララとは全く似ても似つかない顔をしている全くの別人である。7歳位のララはヴィキャンデルにそっくりだったのに、なぜ14歳のララにこんな全然似ていない役者を当てたのだ。

雑、あまりにも雑である。

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