『ターミネーター:ニュー・フェイト』 :我々は新しい未来を紡ぐ。何度でも。

評価★★★★☆
原題Terminator : Dark Fate
公開2019
時間128 min
監督ティム・ミラー
出演リンダ・ハミルトン
アーノルド・シュワルツェネッガー
マッケンジー・デイヴィス
ナタリア。レイエス
ガブリエル・ルナ

ターミネーターに過去はいらない

キャメロンは、この作品の冒頭のシーンで2との流れをある意味断ち切った。これによって『3』以降の三作品やドラマシリーズなどが「鬼子」となってしまった感がある。賛否両論はあるだろう。しかし私はこれを評価する。これが落とし所だし、こうするしかなかったとも言える。『ターミネーター』は未来への物語だからだ。

そして『ニュー・フェイト』は『2』の後継作とされる作品の中で最も評価されるべきであることもまた間違いない。つまり単純に一番面白かった。


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ダニエラとグレイス

『ニュー・フェイト』の本編は全く『2』とは無関係に見えるところから始まる。メキシコ人労働者のダニエラが弟ディエゴとともに工場へ出勤すると、現場では新しいロボットが導入され、ディエゴが解雇されようとしていた。

そこへターミネーターが現れる。T-1000ともT-800とも違うタイプで、この新型の狙いはダニエラだった。撃たれて殺される寸前のダニエラを救ったのは、人間の女のように見える謎の人物グレイスである。

グレイスはサイボーグ技術によって強化され通常の人間を遥かに超えるスピードと力の持ち主だったが、ターミネーターには敵わなかった。ダニエラたちをつれて車に乗り高速道路へと逃げ出すも、あえなくディエゴが殺されてしまう。グレイスとダニエラもターミネーターに追い詰められたとき、颯爽と現れ彼女たちを救ったのはサラ・コナーだった。

サラ・コナー登場

いやしかしやっぱりサラ・コナー、いやリンダ・ハミルトンが出てくると物語が締まる。顔の皺は増えて、もうオバアだが、全く衰えは見えない。いやーリンダの出現で、さすがにちょっと涙が出ましたよ。我々は彼女を待っていたんだ、と。彼女がいなければ『ターミネーター』にはならないんだ。

強化人間のグレイスはたしかに強いけれど、サラには敵わない。腕力の問題ではなく、戦士としての力量と、メタ的だが物語を引っ張っていく力のことだ。

そして勿論この後T-800型、すなわちシュワルツェネッガーも姿を見せる。

このT-800は「カール」と名乗っていて、この作品の冒頭でジョン・コナーを殺したターミネーターである。カールは後に改心し、人間の家族とともに暮らしていた。

ダニエラとグレイス、サラ、そしてカールは新型のターミネーター「REV-9」と戦い、そしてダニエラと未来を守るために団結する。

ジョン・コナーの死亡は是か非か

この作品でジョン・コナーの時間軸、すなわちスカイネットによる人類抹殺の未来は、人類の勝利によって完全に終止符が打たれた。サラが「私が30億を救ったのよ」という通りだ」

メタ的な意味合いにおいても、『2』から派生した、ジョン・コナーに関わる全てのシリーズは終わりを告げさせられたのだ。

皆まで言うな。言いたいことはわかる。では『2』でジョンを救ったことは無意味だったのかと、言いたいだろう。せっかく『2』で苦労してジョンを救ったのに、本作の冒頭であっけなく殺すなんて──。

勿論無意味じゃない。スカイネットは滅んだ。正確には誕生することがなくなった。従ってジョン・コナーはレジスタンスのリーダーになることはもうなくなったのだ。

だがメタ的な意味では『2』の系譜は続いている。ジョンを殺した後に改心して「カール」となった本作のT-800型は愛を学習していた。それはジョン・コナーとの付き合いの中で様々なことを学習していった『2』のT-800と同様である。

新しいAI文明の登場は是か非か

スカイネットが滅んだにもかかわらず、新しいロボット軍が登場することについても賛否両論あるだろう。

これでは何度ロボットの台頭を防いでも無意味ではないか、と。例え今回REV-9を送り込んだAI文明の発端を破壊したとしても、また人間は新たに別のロボット世界の勃興を許してしまうような何かを作り出すのではないか。

これは全くその通りだ。だがこれはメタ的な意味合いでも『ターミネーター』であることを意味する。彼らはメタ的にも「何度でも甦る」のだ。多分キャメロンはそこまでの意味付けをしているのではないかと思う。

細かいディテールとガジェットの話

まずキャラである。ダニエラとグレイスに関しては、やはりサラとT-800の登場で影が薄くなっているのは確かである。例えばジョンを失ったサラの悲しみは何度も表現されるが、弟と父を失ったダニエラの悲哀はすぐに通り過ぎる。グレイスとダニエラの交流もそこまで深くは描かれない。

こういった点を含めて、ダニエラ、グレイスがサラに食われているのは確かだ。「ターミネーター」は「サラの物語」(ジョンではなく!)だから仕方がないと言えるかどうか。 この点は問題である。

ただサラの物語から新しいダニエラの物語が紡がれていく。ダニエラも戦士として成長していく──。最初にも言ったが、これはベターな選択であると思う。だから仕方がないという言い方はアレだが、仮に次回作があるとするならば、というところで落としておくしかない。

敵キャラのREV-9については、さすがキャメロンのキャスティングは素晴らしい。『1』『2』のときもそうだが、やはりターミネーターには「ターミネーター顔」というものが存在する。ガブリエル・ルナは完全なるベストチョイスだ。

ただREV-9との戦いについては、もうちょっと爽快感のある排除の仕方を追求しても良かったと思う。ラストの話だけではなく、途中の小競り合いでも「イヤッホウ!くたばれターミネーター!」という感じがもうちょっと欲しかった。欲張り過ぎか?

そしてプロット。これこそまさに『ターミネーター』である。

『2』を前提としたジョン・コナーの世界軸を仮に続けていたならば、複雑に交錯したタイムパラドックスが設定されざるを得ない。例えば『ジェニシス』のように。

それを求めていた人もいるかも知れないが、キャメロンは拒んだのだろう。そういった複雑なSF構造は『ターミネーター』ではないと思ったのではないか。そういう意味では『ニュー・フェイト』は原点回帰であり、まさしくストレートに『1』からの系譜を真正面から受け継ぐものだ。

プロットを複雑にしないのは、物語の主題がしぶとく追いかけてくるターミネーターとの戦いだからだ。それが一貫して『1』から続くテーマの中心である。

神格化されすぎていやしないか?

あとどうでもいいかも知れないが、ややジョーク成分が足りない。

『2』においては、『1』を前提にしたジョークが結構多かった記憶がある。『ニュー・フェイト』はシリアス成分が多めで、特にグレイスが真面目キャラ過ぎたのと、サラの葛藤が、ジョークが入る余地を削っていたように見える。このへんは意図的に抑えたのかも知れない。

ここで『2』を基準にして語ったが、これに関連して、我々は『2』を神格化しすぎた部分もあるのではないか。特に『3』『4』の失敗によって、相対的に『2』の評価が高まった。勿論『2』はダントツで素晴らしい作品だったが、時代性も考慮しなければならない。『2』の時代は撮影技術、デジタル処理の過渡期であり『2』がその先陣をきることができた。『2』のヒットの理由のひとつが特にT-1000型の液体金属の表現にあったことは言うまでもないだろう。

『ニュー・フェイト』には続編があるとも言われている。ならば『ターミネーター』も、そろそろ『2』と「ジョン・コナーの呪縛」から離れてもいい頃だと思う。期待する気持ちもわかるが、期待が大きくなりすぎて『2』以降の作品に未だ存在し得ない何かを求めているのではないかという気もしてきている。

「次の『ターミネーター』には、再び表現のブレイクスルーを!」。勿論私もそんなものが存在するなら見てみたいが、不可能を求めてはいやしないか?これ以上のSF表現を『ターミネーター』に導入すべきか?そうやってより大きな物語にしていくべきか?

そういう意味で、『ニュー・フェイト』の落とし所は見事だった。はっきり言うが、ガンアクション、カーアクションのある作品で、ここまで出来る作品は極めて稀だ。実際、私はこれを見て興奮し、心動かされ、『ターミネーター』が「戻ってきた」と感じた。自分がジョン・コナーと同じ年の頃、『2』のT-800を映画館で見たときと同じようにね。

<おわり>

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