『ポーカーナイト 監禁脱出』 :上司の教訓など忘れろ 無駄だ

評価★★★☆☆
原題Poker Night
公開2014
時間104 min
監督グレッグ・フランシス
出演ボー・マーショフ
ハルストン・セイジ
ロン・パールマン

First Impression :まえがき

監禁シチュエーションもののソリッドスリラー。

割と面白い。

Plot :前半のあらすじ

新米刑事のスタン・ジーター(ボー・マーショフ)は、ベテラン刑事たちが定期的に集まって開いていた「ポーカーナイト」なる会合に呼ばれた。

そのポーカーナイトの帰りスタンのパトカーに警察無線が入る。通報は家庭内のいざこざだったが、スタンは現場へ向かうことにする。

現場付近でスピードを緩めたとき、スタンのパトカーの前を見たことのある女が誰かから逃げるようにして通りかかった。それはスタンの彼女エイミー(ハルストン・セイジ)だった。

スタンは銃を構えながらエイミーを追いかけ森の中に入って行くと、エイミーは突然「逃げて」とスタンに警告した。その瞬間スタンは背後からスタンガンで襲われ気を失ってしまう

気絶から立ち直ると、スタンは両手両足を固定され目隠しをされて椅子に縛り付けられていた。

犯人によって目隠しを取られたスタンは、TVの映像から自分が行方不明になったことが事件になっており、ポーカーナイトでも会った先輩刑事がスタンを探していることを知る

スタンはゾンビのようなマスクをかぶった犯人に、「刑事の俺をこんな目に合わせるとただでは済まない」と脅す。だが犯人は全く聞き入れなかった。

犯人に麻酔薬を注入されながらスタンはポーカーナイトのことを思い出していた。ポーカーナイトは、ポーカーをしながら腕利きの刑事が自分が関わった事件について、その経験を話す会合だった。

Review :批評と解説

教訓は生かされていないんじゃないの?

この作品は「ポーカーナイト」で得た教訓を生かして、刑事スタン・ジーターが監禁状況から抜け出せるか否かということに焦点を当てているらしい。

だが正直何が教訓になっているのかがさっぱりわからないし、興味も出てこない。そしてベテラン刑事たちが話す経験も大して面白みがない

多分描こうとしているのはむしろ逆で、教訓なんてものはクソの役にも立たないということだろう。この点については作品に完全同意する。あなたも知っているはずだ。若輩に与えようとする年長者の教訓などというものは大体ゴミだということを。

とはいえ一方で監禁者側にも年長者がいて、彼が怪物マスクの監禁者に犯罪に関することを色々教えたという筋書きになっている。監禁者はその年長者を殺して独り立ちしようと考えていたが、主人公スタンによって年長の犯罪者が射殺されてしまった。監禁はその復讐である。

もっともこの対比も上手く描かれているとはいい難いのだが。

監禁者は神である

こういった監禁シチュエーションものにありがちなのだが、常に犯人は被監禁者の上を行くように設定されている。

犯人は決してミスを犯さないし、被監禁者等が起こしうるあらゆる状況をひとつ残らず計算に入れている完全な人間として描かれる。犯人は神であって、何なら映画なり小説なり物語の作り手そのものであると言っていい。別の言い方では、それは「御都合主義」と呼ばれるものである。

従って被監禁者が絶対にその状況から脱出できないことは、初めから決定されている。もし脱出することがあるならば、それは本来の監禁者たる物語の作り手がそれを許したときだけである。

監禁シチュエーションが描くべきもの

もし上記のことが首肯されるならば、監禁シュチエーションのテーマは「いかに脱出するか」ではなくなってくる。観客の方も絶対に脱出できないことは解っているのだから。従って命題となるべきは「なぜ監禁されたのか」と、「犯人は許してくれるのか」となる。

そして付け加えるならば「被監禁者がどんな苦しみを受けて許されるか」、あるいは「どんな殺され方をするか」が見どころとなる。

作り手と観客の乖離

だが当たり前の話だが、こういう作品は被監禁者に対してシンパシーを得るように作られている。

というより大多数の常識をわきまえた人間ならば、自分が被監禁者になることはあっても、監禁者になることはないと考えているのだから、監禁されるほうに共感するに決まっているのである。もちろんサディスティックな欲望を持つ人間でない限りだが。

この作り手と観客の間の溝を埋め、カタルシスをもたらすには、監禁されているものが最終的には監禁されて当然の人間だったということが明かされる必要があるはずだ。被監禁者は罰を受けるに値する罪を犯していなければならない

そうでなければ、視聴後の感想で「モヤッとする」とか書かれてしまうことになる。

あるいはメタ的要素として「自分の中の暴力性を観客に認識させる」とか、「凄惨な暴力的描写によって観客に心理的ダメージを与える」などといった目的があるべきだろう。例えば「ファニーゲーム」のように。

この『ポーカーナイト』は「モヤッとする」タイプである。

でもまあまあ見れるよ

とはいえ、多少は自分(筆者)の中にサディスティックな感情があるのか、主人公スタンが何をやっても失敗するのに笑えてくる。主人公スタンは間抜けではないし、そこそこ理性的な行動を取っている。

上記したように物語上犯人は常に主人公を出し抜く設定になっているのだから、絶対に勝つことはできない

それを見越した上で、犯人が如何に上回ってくるかを楽しむのが、この作品の見方だろう。

その点では割とうまく出来ている。もちろんそれは「御都合主義」なわけだが、そもそもあまり期待していないし、真面目に鑑賞するべき映画ではないことは始めから承知の上なので、そこまで気にならない。我ながら酷い言い方だが、観客の方だって見方を選ぶくらいはできるからね。

<おわり>

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