『ナイトクローラー』 :社会で成功するのはどんな人?

評価★★★★☆
原題Nightcrawler
公開2015
時間117 min
監督ダン・ギルロイ
出演ジェイク・ギレンホール
レネ・ルッソ
リズ・アーメッド

主人公はナイスガイ?

この映画、冒頭で主人公はいきなり殺人を犯してる(描写は無いが、多分相手は死んでる)んだけど、さらっと流されているので、すぐに忘れてしまう。それはさておいて、主人公のルイスは意識が高い系だ。彼は処世訓や人生理念、スローガンが大好きで、常にそういった言葉を口にしている。そして彼の言葉通り学習意欲も高く、「勤勉」だ。

物語の前半、ルイスの行動は非常に危うく見える。単なるこそ泥からスクープ映像を探し求める見知らぬ世界へひとりで飛び込んでいって、収入を得ようとする。観客である我々は、この時まだルイスを応援している。コミュ力も知能も高く、彼は努力して成功しようとしてる「いいやつ」のように見える。ルイスはまるで新卒の社会人のように見えるのだ。

だがスクリーンのこちら側でルイスを見てる我々は、彼のある性向に少しづつ気づき始める。良心の欠落と罪悪感の欠如。冷酷で嘘つき。そして肥大した自尊心。これは典型的な反社会性パーソナリティ障害の特徴だ。すなわちルイスはサイコパスである。

ルイスは相手につけ込む隙を見つけたならば、そこに支配の刃を差し入れることに躊躇しない。ドライバーでネジを止めたり緩めたりするのと同じくらいの意識で他人のハートをコントロールしようとする。相手が自分に従わざるを得ないような論理を駆使する。それは間違ってはいないが、誇大だ。


 

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社会正義の実現を求める我々

やがて我々観客はルイスがいずれは失敗するだろうと期待し始める。彼は明らかにやりすぎた。 彼は自分の利益のためなら法律なぞ気にしない。被害者の家庭を知るべく不法な住居侵入を犯し、綺麗な映像のために死体を動かし、ライバルを排除するため事故を起こさせる。こんなことが許されて良いわけがない。挙句の果てには強盗殺人犯と警官を銃撃戦へとそそのかし、何人もの死者を出させる。そしてルイスに逆らい自己の権利を主張し始めた従業員のリックを謀殺する。もはや彼自体が犯罪ではないか?並みの物語であったならば、ルイスは最後には罰を受けただろう。それぞピカレスクロマンだ。めでたしめでたし。はい終わり。

だが前段のような我々の期待は叶わない。ルイスはスクープ映像会社の経営者として成功するのだ。馬鹿げている。こんなやつが社会的成功を収めるだって?そんなことがあってはならない。

我々は知っている。この世の中で成功を収めるのは、実はルイスのようなやつであることを。そういった例はこの日本社会にもたくさんある。従業員を自殺だとか過労死させるようなあんな企業のあんな役員だとか、平気で嘘をつき役人に圧力を加えるあんな議員や大臣とか、立場を利用して選手にパワーハラスメントを与えるあんな監督や指導者とか。

『ナイトクローラー』はそんな社会のある種の矛盾を残酷に描いている。後味が悪いかもしれない。だがこれはまだ映画だ。本当のリアルの世界の裏側では今何が行われているのか、あの経営理念の、あの政治姿勢の、あの精神論の裏側には何があるのか、まだ我々は知らない。あるいはずっと表には出てこないのかもしれないが。

<おわり>

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