『女神の見えざる手』 :鉄の女による無敗の戦術

評価★★★★★★★
原題Miss Sloane
公開2016
時間132 min
監督ジョン・マッデン
出演ジェシカ・チャスティン
マーク・ストロング
ググ・ムバータ=ロウ
アリソン・ピル

Trailer ─予告編

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First Impression ─まえがき

何もかもが完璧な作品

またそれに加えて素晴らしいのは、この作品が賛否両論を呼んでいる点だ。作り手は一定の批判が出ることを承知でこの作品を世に出した。それ自体が “Miss Sloane” 的手法である。

なお邦題のポスターは相変わらず酷い。「彼女がアメリカを『毒』で正す」「政治を影で動かす」「天才」、なんでこんな馬鹿げた文言を入れてしまうのか?洋画のポスターでも一、二を争う酷い出来だ。

Plot ─前半のあらすじ

政治ロビイストのマデリン・エリザベス・スローン(ジェシカ・チャスティン)は冷酷だがやり手として知られていた。

エリザベス(以下リズ)は上司デュポンとクライアントであるサンドフォードから銃購入に際して購入者の経歴チェックを義務付ける銃規制強化法案反対のロビイングを依頼されるが、リズはバカバカしいと一蹴する。リズは政府の干渉を嫌うリバタリアニズム系の仕事を主としてはいたが、銃規制には賛成だったのだ。

こうしてリズはサンフォードの以来を断ったことで、上司デュポンを怒らせることになってしまう。

その夜リズはパーティに出席するが途中で退席。その帰り道、リズは銃規制派のロビー会社ピーターソン=WのCEOロドルフォ・シュミット(マーク・ストロング)から銃規制派として協力してほしいと依頼される

翌日、リズは自分のプロジェクトメンバーに対して現在所属しているロビー会社コール=クラヴィッツ&Wを去り、ピータソン=Wに移籍し銃規制賛成派として仕事をすることを告げた。そして「わたしに付いてくるならその席は確保してある」とも。

リズのプロジェクトメンバーのうち約半数の四人がリズに付いてコール=クラヴィッツ&Wを去ることに同意した。だがリズの計算違いは腹心で「右腕」であったはずのジェーン・モロイ(アリソン・ピル)が残ると言い出したことである。

思惑が外れたリズはジェーンに考え直せとせまるが、ジェーンの意志は頑なだった。ショックを受けたリズはジェーンに対し、「対決する気なら一切手加減はしない」と言い残て会社を去ることになってしまう。

新しい会社に移ったリズたちは早速戦略を練り始める。この、かつてのリズのフォロワーとピーターソン=Wからの新メンバーで構成された銃規制強化法案通過に向けた新しいプロジェクト会議では、銃規制に熱心な者からの寄付を通じた金策、そして議員に対して影響力を持ちうる地元有力者の懐柔といった方法が話し合われた。

その日の退勤の折、リズは新メンバーの一人であるエズメ・マヌチャリアン(ググ・ムバータ=ロー)と偶然一緒になり、食事に出かけることになった。

中華料理店での食事の最中、リズはエズメの経歴の不審な点──エズメの在学していた高校が架空の名前であることを突く。

その経歴詐称は、エズメが高校生の時に経験した銃乱射事件から偶然生き残ったことを隠すためだった。エズメはそんな過去への憐憫からではなく、自分自身の能力によって現在の職に就いていると確信したかったのだ。

さても、銃規制強化法案を通すためには、旗幟を明らかにしていない22人の議員のうち少なくとも16人を賛成に回すことが必要だった。一方反対派は7人確保するだけで良かった。明らかに賛成派にとっては不利な条件である。

後日、リズは22人の議員のうちのひとりの資金調達パーティに部下とともに出席し、部下に質疑応答の際の質問を委ねた。銃規制強化の意見を引き出し、確実に自陣営に引き込みたいという考えからである。だがその部下の質問は銃規制強化反対陣営に事前に察知され、政争を恐れた議員サイドによって質問枠から外されることとなってしまう。

しかし周到なリズは別の策を用意していた。銃規制のようなセンシティブな質問を回避しようとして重要ではない人物を指すだろうという裏を突き、売れてない俳優に呼吸器の専門医の振りをさせ、これを質問枠に当てさせることで銃規制強化法案に関する質問をさせたのだ。

リズの目論見は当たり、重要なパーティの席でその議員から銃規制強化法案賛成の言質をとることに成功した。

だがリズのこういった、部下やCEOシュミットにすら手の内を明かさずプロジェクトを進め時には部下を囮にさえ使い、また倫理や感情を蔑ろにしてまで票を集めるような冷淡なやり方に、シュミットだけでなくプロジェクトメンバーからも少しづつ疑問の声が上がり始める。

Review ─批評

合衆国憲法修正第二条について

合衆国憲法修正第二条は、人民の武装権について規定している。

A well regulated Militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed” (規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるがゆえに、武器を保有し携帯する人民の権利は、侵害されてはならない)

現代日本人の感覚からすれば、「自由な国家の安全」のために「武器を保有し携帯する」ことが許されるというのは、全く逆の話ではないかという気がする

この条項は米国の歴史と密接に関係している。そもそも米国における建国時の所謂13州はもとはイギリスの植民地であって、これら13州の独立の歴史はイギリスとの戦争の歴史である。

そのイギリスからの独立と自由を勝ち得たのは、志願兵たる武装した人民、すなわち民兵の存在ゆえだった。ここに「独立」「自由」と「武装」が直結する下地がある。合衆国憲法が制定され米連邦が誕生したあともこれは変わらなかった。

その米連邦さえ、独立13州の熱賛を以って迎え入れられたわけではなかった。米連邦などというものの存在は州と人民の自由を奪うものとして、むしろ否定すらされたこともあったのだ。現在ですら米国内の一部の武器はアメリカ合衆国連邦政府に対して向けられていると言える。人民の当然の権利としてである。

米国人にとっての武装は、個人の独立と自由の象徴なのだ。

従って米国人が修正第二条について話される時は声高にならざるを得ない。日本人が天皇制ないし皇室制度について議論を交わすのに似ている。合衆国憲法修正第二条は、それだけセンシティブな問題なのだ。

この “Miss Sloane” が修正第二条を態々テーマとして選んだのは、それだけの覚悟があったということになる。

銃規制強化法案

作品内での連邦法に対する銃規制強化法案の中身は、作品内の言葉から察する限り、1.銃購入の際には購入者の身元調査が義務付けられること、2.そして二週間の待機期間が設けられること、の二点である。

トリガーさえ引けば簡単に人を殺すことができるものの購入に対しては当然の措置だと思われるかも知れないが、銃規制強化反対派にとってはそうではない。反対派は「一歩でも踏み込まれたら、なし崩しに一直線にエンドゾーンまでフライされる」と考えている。そしてそれは故なきことではない。

かつて、有前科者や麻薬中毒者に対する販売を禁止し、かつ購入者の身元調査を警察に照会することを義務付けた、銃器販売店に対する規制であるブレイディ法が、1994年に施行された10年間の時限立法ではあったものの、更新されることなく失効しているのだ。

このように銃規制に反対する立場の人々は保守派、政治的右派である。小さな政府を好み、政府による干渉は少ないほうが良いと考える、所謂リバタリアンと呼ばれる人々であり、作品の主人公エリザベス・スローンもこのリバタリアンに属している。だがリズは銃規制に関しては賛成派だった。この記事の筆者であるわたしもリズとほぼ同様の考えを持っている。

なお日本の右派、左派と米国の右派、左派は全く立場が異なることに注意すべきである。日本にはリバタリアンはほぼ存在しないといっていい。日本は右も左も社会主義的志向を持っている。つまり米国の基準から言えば、日本には左派しか存在しない。

こうした銃規制強化反対派の牙城を崩すのは容易なことではない。それに対してどういった手段を取って法案通過を達成するか──これがこの作品の根幹である。

Afterword ─さいごに

リズが取る最終手段に向けて、この作品は息もつかせない勢いで爆走していく。大きい伏線から小さい伏線、そしてフラグ立てまで、何もかもが完璧なプロットで進行していく。あのセリフも行動も、全てが最後の一点に向かって収束していく様はもはや芸術。一度でも目を離せば流れが理解できなくなるくらい緻密に計算されたストーリーがここにある。

そして人を平気で犠牲にできるリズという女。倫理観も道徳心も薄く、目的を達成するためになら法を犯し、自分を偽装することに長け、仲間を裏切っても構わないと考えている。観客にとってもそんなふうに思われていた女が、最初から最後まで全部の筋書きを完璧に演じていたという恐ろしさと晴れやかさ。

わたしがこれ以上何かを付け加える必要がないほど素晴らしい作品なので、まだ見てないのであれば是非自分自身で鑑賞して欲しい。作品が訴えている内容は簡単なものではないが、ストーリーの繋がりや、個々のシーンにおけるガジェット、キャラクターの心情などは説明する必要があるほど解釈困難ではないし、哲学的比喩も修辞もほとんどない。唯一あるとすれば「ソクラテス」たるリズと「プラトン」たるジェーンの話くらいか。なおどうでもいいことだが、ジェーン役のアリソン・ピルは私の好きな女優のひとりだ。

見終わった後に「ブラボー!」とスタンディングオベーションをしたくなるはずだ。もちろんあなたが銃規制強化反対派でなければだが──。

<おわり>

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