『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』 :理解できないなら分解せよ

評価★★★★☆
原題Demolition
公開2015
時間100 min
監督ジャン=マルク・ヴァレ
出演ジェイク・ギレンホール
ナオミ・ワッツ
クリス・クーパー

First Impression ─まえがき

最初に怒りをぶつけるが、クソみたいなファッキン邦題だ。こんな題名をつけた間抜けなファッキンマシーンは家で一人でファックしてろこのヨーロッパ映画かぶれの薄汚いドファックやろうが!

一旦落ち着いて言うと原題 “Demolition” は解体とか爆破とかバラバラにするという意味。これだけでこの作品が何を描こうとしているか丸わかりなわけだけど、それが初めに解ってしまったとしても、この映画はおもしろい。かなりおもしろい。


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Plot ─前半のあらすじ

義父の会社に務めるデイビス(ジェイク・ギレンホール)は妻ジュリアの運転する車に乗っていた。運転中ジュリアはデイビスに冷蔵庫の水漏れを直して欲しいと頼むもののデイビスは露骨に嫌がる

「自分のイスじゃないから関係ないって?」とのジュリアの嫌味にデイビスは笑うが、その瞬間二人の乗った自動車は事故に遭ってしまう

デイビスはほとんど傷もなく無事だったものの、病院の待合室で休んでいたデイビスは、病院に駆けつけたジュリアの父フィル(クリス・クーパー)からジュリアが亡くなったことを知らされる。

デイビスは空いた小腹を癒そうとと自動販売機でM&Mチョコを買おうとするが、M&Mの袋は運悪くラックと前面ガラスの間に挟まれ取り出し口に落ちてこない。病院の受付にクレームを入れるも、受付は管理会社に聞けと一蹴する。デイビスは仕方なく自販機のラベルだけは写メしておく。

デイビスは、事故から一日経ちジュリアの葬式を終えたものの、妻の死に悲しみがわかない。鏡の前で泣き真似をしてみるも子供に馬鹿にされたのでやめる

その夜、デイビスは自販機の管理会社に、チョコレート代の返金のためにクレームの手紙を書く。自分の妻の死や、妻との出会い、仕事のこと、義父のこと、通勤時の話などを詳しく添えて、手紙は数ページに渡った。

翌日デイビスは出社しいつもどおりに仕事を始めるが、トイレのドアのひとつが軋むことが気になる。その夜デイビスは義父フィルと飲みに行くが、フィルの悲しみの告白も耳に入らず間抜けな会話を交わしてしまう。

その日デイビスは返金の件で進展があったとして再び自販機の管理会社に手紙を書く。内容はジュリアが注文していたカプチーノマシンの話や、自宅の庭の樹木の話、そして通勤途中で出会う男に妻を愛してなかったと告白した際に何故か列車の緊急停止ボタンを押してしまったこと、などだった。

その後もデイビスは事あるごとに自販機の会社に手紙を出していたが、ある夜デイビスが水漏れする冷蔵庫を直そうと分解していた時、午前二時もかかわらず電話が鳴った。スマートフォンを取って電話に出てみると、それは自販機の会社のカスタマーサービスの女性からだった。カレン・モレノ(ナオミ・ワッツ)と名乗ったその女性からの電話は長くは続かなかったが、それ以後ふたりは電話をしあう仲となる。

そしてある日デイビスは出勤列車の車内で自分をコソコソと観察している女性を見つける。デイビスはその女に話しかけ、会話は弾んだものの、出勤のために名前も聞けず一旦は別れる。が、デイビスはその女──カレン・モレノが残していった通販雑誌から住所を割り出し、カレンの家に訪問する

Review ─批評と解説

解体することで理解する

言うまでもなく、原題 “Demolition” は、デイビスが自分の心を解体していくという意味づけからである。デイビスは自分自身の心を理解するための象徴として、冷蔵庫やカプチーノマシンや自宅を分解、破壊していく。

これは人間が物事──有り体に言えば愛のこと──を形作るのためには普通は構築していく過程を経るのだが、デイビスは逆に解体することによって愛を理解していくのだ。デイビスは興味のないことには全くリソースを割かないことを差し引いても極めて賢い人物であり、物事を理解するために分析的なプロセスを必要とする人間である。

デイビスは妻ジュリアを愛していなかったわけではない。デイビスはジュリアと過ごした日々の楽しさを思い出していたし、ことあるごとにジュリアの幻影を見ている。ただ愛というものがどんなものか考えもしなかっただけである。愛はデイビスのリソースを費やすほどのものではなかっただろう。

コメディとしての『雨の日ナントカ』

この作品はヒューマンドラマというよりは喜劇だと思う。全力で笑わせに来るわけではないが、コメディだ。少なくとも悲劇ではないし、愛を理解できないデイビスの悲しみとかそんなものを描いているわけではない。

またこの作品は会話が面白い。しかも面白いだけじゃなくてそれなりの意味を持っている。

例えばデイビスがフィルに仕事を休んだらどうだと提案されるシーンで、「溝を掘るわけでもないのに腕まくりしやがって。会社に溝なんかない」なんて言うのはかなり笑える。「デモリッションするわけでもなくPC上でカネのやり取りしてるだけなのによ!」という意味だと思われる。

あとクリスとデイビスがカレンの不味い食事を食べているシーンの、カレンの言う「ハイウェストのジーンズを穿いてるあの娘と遊んでる?あのハイウェストが似合うキュートな娘」に対して、クリスが「本気で言ってる?」はかなり面白い。

「ハイウェストが似合う女の子」というのはなかなかの悪口だと思うが、カレンは気づいていない。デイビスほどではないがカレンも認識が相当「OFF」な人間である。同じシーンでクリスが言う「彼氏の出張中に男を連れ込んで、レズビアンの校長を褒めてる場合?」も結構きてる。

そして最序盤デイビスとジュリアが車に乗っているとき。洋画にはしばしば運転中の会話のシーンがあるが、ドライバーが平気でかなりの長時間よそ見をしたりする。そんなシーンを見たとき私なんかは「いやいや有り得ないでしょ?いちいち相手に返答を求めるのに助手席向くんじゃねーよ常に前向いてろこのスカタン」と思うんだけど、このシーンはそんなのを逆手に取っているんだと思う。

運転の際によそ見をするシーンが洋画やTVドラマでも多いことについて米国でも割と揶揄されているのを、どこかの記事で見たことがあって、やっぱり向こうの人間も気にしていたんだ、と思ったんだよね。この『雨の日ナントカ』は「あ、これを最初に持ってくるんだ」とちょっと笑えた。ちなみに事故の原因は「左直事故」だと思われる。

他にも「君は多分ゲイかバイだ。ばれたら拷問されるぞ。だからあと二、三年は女の子が好きなふりをしろ。その後マンハッタンに引っ越せ」とか「誰が今どきそんなワゴンに乗る?」とか良いセリフがたくさんある。

そしてFreeの “Mr.Big” を聞きながらデイビスが街中で踊りまくるシーン。最高だ。何故か学生時代を思い出したよ。

解体から再構築へ

さて結局デイビスは自宅も破壊し、フィルとの関係も会社での地位も解体する

フィルの奨学金基金設立はデイビスから見てもカレンから見ても間抜けな行為だった。結局フィルは自分の娘ジュリアの名を冠した奨学金の受賞者の人格も才能もこれっぽっちも見抜けていなかったのだ。初対面のカレンに対して「おっぱいさわっていい」と言う水泳選手に奨学金を与えるようなお粗末さに、カレンも失笑を隠せない。

ジュリアの浮気、そして妊娠、中絶の発覚によって、デイビスは確かにジュリアを愛していたのだと実感する。そしてジュリアも、おそらくはその浮気によって、デイビスを愛していたことに気づかされたのだ。ジュリアがあちこちに付箋紙を貼り付けていたのはデイビスの気を引くためだった。

全てを破壊し見つけるべきものを見つけたあとで、デイビスはフィルと関係の修復に乗り出す。デイビスはフィルとともに壊れたメリーゴランドを修復し、子どもたちのためにジュリアの遺産で海岸の行楽地に設置することで関係を取り戻した。

Afterword ─さいごに

わたしはこの作品が好きだし、かなり良い映画だと思っているが、客観的に見ると結構粗が目立つ。というよりも色々薄いところがある。

特に最後のメリーゴ-ランドの修復でデイビスとフィルの関係をも修復するというプロットは、正直あまりにも月並みと言うか、使い古されたというか、安っぽくて陳腐で赤面するくらいに筋が悪い。

もっと言えば、デイビスが “Demolition” によって自分の内面を探っていくというアイデアも、まあ「そんなに」だし、自販機管理会社の顧客窓口に手紙しまくるところからカレンがデイビスに興味を持つという部分もあまりうまく消化できていない。最後にクリスがデイビスにビル爆破の日時を手紙で教えるところくらいが、まあギリ伏線と言えなくもないというくらいだ。薄いけど。

そんなふうに全体的には色合いがボケてるわけだけれど、不思議と細かいところがよく考えて作られている感じではある。例えば時代遅れのワゴンに乗ってデイビスの周辺に時折現れるドライバー。彼が時代遅れのワゴンに乗る理由は、ジュリアとの事故で車を壊したからだ。このドライバーも「修復」の機会を探していたということなんだろう。

でもまあ “Crazy on You” とか “La Bohem” とか “Mr.Big” とか割とわたしが好きな曲がよく流れるし、見ていて楽しい。曲調が全部バラバラだけど。デイビスとカレンが性的な関係にならない(少なくとも劇中では)のも良く解ってる。そして殴られることで自分の体も壊す同じデモリッション仲間としてのクリスとデイビスの関係もステキだ。この作品はどこかしら暖かみがあって、心を洗い直したいときに見返したい映画のひとつかも知れない。

<おわり>

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